天正遣欧使節(1582年)と慶長遣欧使節(1613年)

どうも、かがみです!

本日、2月20日はそう!
天正遣欧使節が日本を出発した日ですね!(旧暦:1582年1月28日)

そして天正遣欧使節と名前が似ているのが慶長遣欧使節です!
試験で出たらどっちがどっちだか迷ってしまいますよね。。。
これら2つの使節の違いを分かりやすくまとめていきます!

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天正遣欧使節(1582年)

イエズス会のヴァリニャーノの発案で九州のキリシタン大名である
大友義鎮(宗麟)
有馬晴信
大村純忠
の3大名がローマ教皇へ送った少年使節が天正遣欧使節です。

送られた少年達の名前は
伊東マンショ
千々石ミゲル
中浦ジュリアン
原マルチノ
の4名になります。

目的はキリスト教布教のためですが、1590年に帰国した頃には日本はキリスト教を禁止する流れになっていたので帰国後は思うような活動ができませんでした。

慶長遣欧使節(1613年)

仙台藩主伊達政宗がフランシスコ会のソテロと家臣の支倉常長をヨーロッパ(スペインやイタリア等)に派遣したのが慶長遣欧使節です。

目的は仙台藩とスペインとの貿易ですが、交渉は失敗に終わっています。

今日の図解

以上が2つの使節のよく試験に問われるところです。

どちらも派遣当時の元号を冠していて、名称の違いはそこだけですので非常にややこしいですが、図解を見て違いを理解していただければと思います。

それでは本日の図解になります!

本日もお疲れ様でした。
ご質問等ございましたらお気軽にコメントやお問い合わせいただければと思います。

ありがとうございました^^

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